Notes / note
万年時計を作れた人、その周りにあった技術
田中久重の万年時計はなぜ幕末に作れたのか。天文・蘭学・工作の学習歴と2005年の復元資料から、機構と製作環境を分けて考える。
田中久重の万年時計は、ほぼロストテクノロジーのようなものではないか。そう思うほど、当時どうやって作れたのかが気になる。
電子制御も現代の設計ソフトもない時代に、時計と暦と天体の動きを一つへ入れる。仕組みの巧妙さはもちろん、その人が何を学び、どんな環境で手を動かしたのかも知りたい。
調べて見えてくるのは、久重の才能に加えて、その才能がつないだ知識と職人の仕事だった。
まず、何を自動化したのか
国立科学博物館の解説によれば、久重は約一年をかけ、1851年に万年時計を完成させた。不定時法の時刻、二十四節気、曜日や時打ち、干支、旧暦の日付と月齢、西洋の時刻を表示し、上面には太陽と月の動きを示す天象儀がある。博物館の解説
今の時計なら、同じ長さの秒を積み上げて時刻を表示する。しかし、不定時法では昼と夜の区分の長さが季節によって変わる。歯車を一定の速さで回して終わり、という問題ではない。
単純化した説明例として、昼の区分を六等分すると考える。昼が12時間なら一つは2時間、14時間なら2時間20分になる。これは現代の時間単位へ置き換えた仮想例で、万年時計の歯車比の計算ではない。また、歴史的な明け六つ・暮れ六つの定義を、単純な日の出・日の入りと同一視してはいない。
文化庁の解説には、割駒の位置を移動させる機構に虫型の変形歯車が使われたとある。文化遺産オンライン。変化する時間の制度を、表示側の機械へ変換する。ここに、ただ正確に刻む時計とは別の設計課題がある。
工作の人が、天文を学び直している
国立国会図書館の人物解説では、久重はべっこう細工師の家に生まれ、「からくり儀右衛門」と呼ばれた。京都の土御門家で天文学を、広瀬元恭のもとで蘭学を学んだとされる。国立国会図書館
文化庁の解説は、からくりの興業や、懐中燭台・無尽灯の製作販売を経て、知識と技術を万年時計へ結集した経緯を記している。文化遺産オンライン
ここから僕が読み取るのは、工作技能と、何を再現するかを決める知識が、同じ人の中で接続されたということだ。天体の動きを知っていても、機械にできなければ時計にはならない。精密に加工できても、何の周期をどう表示するかが定まらなければ、この時計にはならない。
ただし、これだけで各部品の設計手順や試作回数が分かるわけではない。学習歴は「作れた理由」の手掛かりだが、完成までの工程そのものではない。
一人の名前と、一人の仕事は同じではない
2005年3月8日、国立科学博物館と東芝は、調査に基づく複製品の完成と起動式を発表した。その資料には、外装の螺鈿・七宝・蒔絵が当時の一流の職人の技によること、また一面にはフランス製とされる懐中時計が組み込まれていることが記されている。共同発表
田中久重作という帰属から、全材料を調達し、全加工と装飾を一人で行ったとまでは言えない。設計をまとめる役割と、製作へ寄与した仕事の範囲を分ける必要がある。協力した職人の具体的な人数や分担は、この発表だけでは分からない。
ソフトウェアにたとえるなら、作者の名が付いたシステムにも、既存のライブラリや他者の専門技能が入っている。ただし、そのアナロジーは、当時の職人関係が現代の開発組織と同じだったという説明にはならない。
比べたいのは、全部を自作したかどうかより、異なる部品と知識を、動く一つのものへ組み上げたところだ。
「一年動く」は、どの種類の主張なのか
万年時計という名前から、一万年動く時計を想像してしまう。でも、文化庁の解説で述べられているのは、一度ぜんまいを巻いて一年間自動的に動くことを企図した、という製作上の目標だ。
2005年の共同発表は、約一年動く機構があると説明する一方、概要では約一年動くと「推定」している。機構からの見積もりと、一定の条件で一年間の連続運転を実測した結果は、区別したい。
工学的に考えるなら、ぜんまいが保持するエネルギーだけでは足りない。時計、表示、打鐘、天象儀が必要とする仕事と、摩擦による損失がある。巻きが弱まっても、必要なトルクを最後まで供給できるかも問題になる。ここは一般的な機械の動力の考察で、原機の測定結果ではない。
一年分のエネルギーがあっても、途中で一部の負荷が大きくなって止まるなら、連続運転は成立しない。逆に、長く動いても時刻や暦の表示がずれれば、意図した機能を保ったことにはならない。運転時間と表示精度は別に確かめる対象になる。
失われたのは、原理か、作り方か
複製が完成したという記録がある以上、「誰にも原理が分からず再現できない」という意味のロストテクノロジーとは言いにくい。
それでも、原機から機構を解読できることと、久重が当時どの工程で作ったかを再現できることは違う。図面、工具、加工の順序、調整の判断がどこまで残っているのか。失われたものを探すなら、その粒度で問い直したい。
次に確かめたいのは、復元研究の機構図と、原機の加工痕・修理履歴を合わせた記録だ。設計から意図した形状と、摩耗や修理で変わった形状を分けられるか。複製品が現代の加工を使った部分と、当時の手順を再現した部分はどこか。そこが分かれば、「なぜ作れたか」はもっと具体的になる。
万年時計は、一人の天才という言葉だけで眺めるには、接続されているものが多い。久重の工作、天文と暦の知識、輸入の時計、装飾する職人。それらを一つの機械へまとめた人がいた。その周りにあった技術まで見たいと思う。
Sources
- 国立科学博物館、理工電子資料館:万年時計。完成年、製作期間、表示機能を参照。
- 国立国会図書館、近代日本人の肖像:田中久重(初代)。出自と天文学・蘭学の学習歴を参照。
- 文化庁、万年自鳴鐘〈田中久重作〉。製作以前の活動、不定時法と変形歯車、一年間の駆動を企図したことを参照。後世の文化財解説で、久重自身の日記ではない。
- 国立科学博物館・東芝、「万年自鳴鐘」起動式の実施について、2005-03-08。復元・複製に関する当事者の一次発表。職人の外装、洋時計、推定運転時間を参照。現在の展示状況を示す資料には使っていない。
- 外部資料の確認日:2026-10-04 JST。昼の六等分の例と動力の考察は本稿での説明。原機の実測・図面解析は行っていない。
Related notes つながる問い
地下鉄保守の人手不足を、ロボットだけで解けるだろうか
東京都交通局の発注見直しから、AI点検の精度と設備投資を続けられる契約条件を一緒に考える。