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中国語を話す前に、漢字が浮かぶ

漢字から中国語の文を作ると楽だという実感を、発話と文字の研究へ。意味の足場、語順、発音を分け、補助なしで話せるかを試す。

英語やフランス語では、頭の中で音を組み立てて話そうとしている気がする。でも中国語は、先に漢字を思い浮かべたほうが、文を作りやすいのではないか。

「私は椅子に座ってコーヒーを飲みます」と言いたいとき、いきなり音から始めるより、「我、椅子、上、咖啡」と意味のある塊を並べたくなる。僕が会話で出したのは、そういう粗い感覚だった。これは正しい中国語の例文ではない。

漢字が読める日本語話者にとって、その感覚には何か使えるものがありそうだ。ただ、中国語の話者がみんな頭の中で漢字を並べている、という話まで進めるには、距離がある。

意味のメモから、口で言える文へ

学習用に文を作り直すと、たとえばこうなる。作品からの引用ではなく、本稿のための例文だ。

我坐在椅子上喝咖啡。
Wǒ zuò zài yǐzi shàng hē kāfēi.
僕は椅子に座ってコーヒーを飲む。

この文では「坐在椅子上」が座る場所を示し、「喝咖啡」が飲むものを示す。「座」は日本語の「座る」につられた表記で、中国語の動詞はここでは「坐」になる。漢字の形が近いからといって、そのまま日本語の文を移せるわけではない。

ここで分けたいのは三つだ。何を言いたいかが浮かぶこと、中国語の語順と構文になること、音と声調が出ること。漢字から意味を取り出せても、残りの二つが自動で解けるとは限らない。

話すとき、文字は本当に関係するのか

QuとDamianの2019年の研究は、チベット語・中国語の二言語話者が、色の付いた物の絵を中国語の形容詞と名詞の句で名づける課題を扱っている。公開要旨では、語の表記の重なりによる促進効果が報告され、第二言語の発話でも表記情報が活性化すると解釈されている。論文の公開要旨

文字を見せていない発話課題でも表記が関係する、という点は面白い。しかし、その結果は、日本語話者が意識して漢字を先に並べる学習法の有効性を示したものではない。実験の効果と、僕の練習の手応えを同じものにしない。

また、Mokらの2018年の研究は、漢字と拼音が第二言語の中国語声調の知覚・産出に与える影響を比較している。著者公開論文。産出成績の表では、高成績群の単音節語は拼音条件が漢字条件を上回る一方、低成績群の二音節語は漢字条件の平均値が高い。ただし、表の平均値の大小をすべて有意な差として扱うことはできない。文字の効果は一方向にそろっていない。

対象は中国語の文字や拼音に馴染みのある広東語話者で、僕のような日本語母語の初学者とは条件が違う。少なくとも、文字の効果を論じるなら、学習歴、語の長さ、音声上の課題を切り分ける必要がある。

漢字が助ける場所と、邪魔する場所

ここからは、僕の感覚への説明候補だ。

漢字を先に浮かべると、意味の候補を短く保持できるのかもしれない。「椅子」「咖啡」という塊があれば、何を言うかを毎回日本語の長い文へ戻さずに済む。一方、それが日本語の音や語順まで呼び出すなら、中国語へ直す工程が増える可能性もある。

さらに、「漢字の効果」に見えて、実際には既知の語を選べた効果かもしれない。拼音で覚えたばかりの語と、長年見慣れた漢字に近い語を比べれば、文字の種類以外の差が大きい。

考える順番を決めるより、どこで止まるのかを見たほうがよさそうだ。

止まるところ漢字が助けるという仮説別に必要な練習
言いたい語が出ない意味の手掛かりになる場面から語を思い出す
語はあるが文にならない句を保持しやすくなる可能性中国語の構文で組み直す
読めるが口から出ない補助だけでは解けない可能性音声と声調を含む発話
表示なしだと止まる補助への依存が残る可能性文字を外した再生

この表は実証結果ではなく、練習を設計するための仮説の整理だ。

一人で試すなら、読めたことと話せたことを分ける

日常の場面から、長さと既知語数が近い短い文を複数用意する。漢字を見て練習する条件、拼音を見て練習する条件、音声だけで練習する条件へ、文をできるだけ無作為に振り分ける。練習時間と音声を聞く回数はそろえる。

直後の読み上げに加え、翌日に文字を全部外し、絵や場面だけを見て言ってみる。記録するのは、話し始めるまでの時間、意味が伝わる文になったか、語順、発音と声調の誤り。発音の判定は自分だけで完結させず、教師などに確認できるとよい。

同じ文を全条件で順番に試すと、後の条件が有利になりやすい。文を分けても難しさは完全にはそろわないので、数日分をまとめて見たい。単独の学習者による探索であり、中国語学習者全体への効果推定にはならない。

漢字条件で直後だけ速く、翌日は差が消えるなら、その場の補助として効いた可能性がある。翌日にも差が残れば、保持への効果を次に調べる理由になる。それでも、漢字を経由しない認知経路が育ったかどうかまでは分からない。

文字を足場にして、声へ戻る

中国語の語の長さを考えたときは、どこを一つの塊として読んでいたのかが問題になった。今回は、その塊が発話の前にも使えるのかという問いだ。

漢字が浮かぶ感覚は、今の僕には手掛かりになる。でも、最終的に欲しいのは、表示が消えても目の前の場面から言葉が出ることだ。漢字で意味を捕まえ、音声で確かめ、文字を外してもう一度言う。その往復を、まず小さく試したい。

Sources

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