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哥哥、にいに、Mama――意味より先に身体がある

上野で聞こえた哥哥から、乳児の喃語、反復の聞き取りやすさ、人の応答へ。親しい人を呼ぶ音の底に、身体と関係をたどる。

なぜ二回言うんだろう

上野を歩いていたら、中国語の「哥哥」が耳に入った。

gēge。お兄ちゃん、という意味だ。

そのとき、ふと思った。

なぜ二回言うんだろう。

哥哥。爸爸。妈妈。

英語なら older brother だ。別に brother brother とは言わない。日本語だって「兄」なら一回で済む。

……いや、待てよ。

「にいに」って言うな。

「じいじ」「ばあば」もそうだ。そもそも「パパ」「ママ」も繰り返している。

なんで、人間は近しい人のことを呼ぶとき、こんなにも同じ音を二度繰り返すんだろう。

別に、その人が二人いるわけではない。兄が複数いるから哥哥になるわけでもない。繰り返したぶんだけ、意味の情報量が増える感じもしない。

でも、口に出してみると、どこかしっくりくる。

にいに。ママ。ばあば。

人を分類する単語というより、人を呼ぶための音に聞こえる。

同じ関係でも、呼び方は違う

最初の比較には、少しずれがあった。

Older brother は「自分より年上の兄弟」という関係を説明する表現だ。一方、「にいに」は、子どもがその人を呼ぶ場面に近い。説明のための語と、呼びかけのための語を並べていた。

英語にも mama や dada がある。だから「中国語や日本語は繰り返すが、英語は繰り返さない」という話にはならない。

ただし、普通話の「哥哥」は子ども専用の語でもない。大人も兄を指すときに使う。台湾教育部の辞典にも、兄長を呼ぶ語として載っている。1

つまり、言語ごとに、幼児語、親しみのある呼び方、普段の親族名称が重なる範囲が違う。

語読み意味・使われ方
哥哥gēge兄、お兄ちゃん。普通話の通常の親族語彙でもある
爸爸bàba父、パパ
妈妈māma母、ママ
にいに—兄を親しみを込めて呼ぶ幼児語的な表現
じいじ・ばあば—祖父・祖母を親しみを込めて呼ぶ表現
mama・dada—英語にもある幼児語的な親の呼び方
older brother—年上の兄弟という関係を説明する表現

なお、普通話の gēge は、二つの音節がまったく同じ調子で鳴るわけではない。通常、後ろの音節は軽声になる。文字では「哥哥」と同じ字が並ぶけれど、耳で聞くと強さや長さにも違いがある。

この小さなずれも面白い。繰り返しているのに、コピーした音声を二つ並べているわけではない。

僕の疑問は、少し言い換えたほうがよさそうだ。

なぜ、幼い子どもとのやり取りや身近な人の呼び方には、反復する音が現れやすいのか。

言葉より先に、口が動いている

赤ちゃんは、最初から辞書を持って生まれてくるわけではない。

「この人が母親で、その名称はママである」と定義を理解してから、正しい単語を発音するわけでもない。

言葉になる前から、声が出る。口が動く。音が続く。

そのなかに、ba-ba-ba や ma-ma-ma のように、子音と母音を組み合わせた音節が繰り返される発声がある。こうした反復的な喃語は、意味のある語の反復とは区別して考える必要がある。

「ママ」と聞こえたからといって、必ずしもその瞬間に母親を指しているとは限らない。

ここで、音のつくり方に身体が登場する。

DavisとMacNeilageの1995年の研究は、乳児6人の6,659発声を分析し、喃語のパターンを、顎の周期的な開閉がつくる音節の枠組みから説明する仮説を検討した。子音と母音の組み合わせにも、調音運動に関わる偏りが見られた。2

専門的な議論をかなり縮めると、口を閉じたり開いたりする運動が、音の並びに足場を与える、ということだ。

唇を閉じて開く。顎を動かす。声を出す。

m、b、p は両唇音で、唇を使ってつくられる。ただし「唇だけを動かせば全部同じように簡単に出る」とまでは言えない。鼻への気流、声帯振動、呼気などの制御はそれぞれ違う。

それでも、初期の発声を、身体と無関係な記号の選択として見るのは難しそうだ。

言葉の入口には、口の動かし方がある。

僕はふだん言葉を、頭のなかにある意味を外へ出すものとして扱っている。考えがあって、単語を選び、声にする。

でも最初のほうでは、順番が少し違うのかもしれない。

まず身体が動く。音が生まれる。その音が、やがて誰かを指すようになる。

音を出す人と、受け取る人

ここまでだと、「赤ちゃんの口の構造がママという単語を決めた」と言いたくなる。

しかし、それだけでは足りない。

音が出ることと、その音が誰かの名前になることは別だ。

推測だが、親を呼ぶ言葉の成立を考えるには、赤ちゃんの発声を聞いた大人が、そこに意味を見いだし、応答する過程も重要なのだと思う。

たとえば、こんな場面を想像する。

赤ちゃんが「ままま」と声を出す。

そばにいる人が振り向く。

「ママだよ」と返す。

赤ちゃんが、また声を出す。

これは語源を再現した記録ではない。音が呼びかけに変わる過程を考えるための、僕の想像だ。実際には、すでにある言葉を大人が聞かせ、子どもがそれを学ぶ方向も重なっているはずだ。

ただ、周囲の応答が乳児の発声を変えることには、実験的な根拠がある。

Goldsteinらの2003年の研究では、乳児30人と母親を対象に、声を出した直後に母親が笑顔や接触で応じる条件と、同量の反応を発声とは連動しないタイミングで与える条件を比べた。発声に連動した応答は、より成熟した発声を促した。3

これは「ママという単語の起源」を証明する研究ではない。けれど、身体から出た音が、人とのやり取りのなかで育つことは示している。

口だけでもない。意味だけでもない。

声を出す人と、それに応える人がいる。

この見方をすると、「ママ」は母親という関係のラベルであると同時に、何度も振り向いてもらった音のようにも思えてくる。

ここから先は、僕の読みだ。

近しい人を呼ぶ言葉には、その人についての知識だけでなく、その人とのやり取りが入っているのではないか。

二回言うと、耳にも足場ができる

反復には、口の側だけでなく、耳の側の話もある。

大人には、会話が単語の連続に聞こえる。でも、知らない言語を聞いていると、どこで一語が終わるのかもわからない。

中国語を勉強し始めた僕には、これはかなり実感がある。

音が流れてくる。ところどころ知っている語が浮かぶ。その間は、まだ切れ目のない音の帯だ。

乳児も、流れる発話のなかから語のまとまりを見つけていく。

OtaとSkarabelaの研究では、9か月児24人に、反復形と非反復形の新しい語を含む発話を聞かせた。neenee と neefoo のような語を用い、注視時間を指標に調べたところ、反復形のほうが発話から切り出されやすい結果が得られた。4

「同じ音がまた来た」という構造が、語を見つける手掛かりになる。

これは兄を二人分表現するための繰り返しではない。ひとまとまりの音として、受け取りやすくする繰り返しなのかもしれない。

さらにOtaらは、英語を学ぶ乳児47人を9か月から21か月まで追跡し、9か月時点で聞いていた反復形や指小形の割合と、その後の語彙の伸びとの関連を報告している。5

ただし、こちらは観察研究だ。「反復語を増やせば語彙が必ず伸びる」という因果関係は断定できない。大人の関わり方や、子どもの発達に合わせた話し方の変化もありうる。

それでも、最初の「なぜ二回言うんだろう」に、もう一つの答えが加わる。

出しやすい音のまとまりと、見つけやすい音のまとまりが、重なっている可能性がある。

哥哥を、赤ちゃんの口だけで説明しない

ここまで来ると、「だから哥哥も喃語から生まれた」とまとめたくなる。

しかし、そこはわからない。

ここで紹介した研究は、乳児の発声や学習を調べたものだ。中国語の「哥哥」が、いつ、どのように現在の形と意味になったかを直接検証したものではない。

mama に似た音が生まれやすいことと、gēge という特定の語の歴史は、別の問題だ。

辞典を読むと、この境界がいっそう面白くなる。

台湾教育部の「哥哥」の項目には、兄への呼称だけでなく、古い用法として父に関わる用例や、同輩への敬称なども収録されている。1

いま僕が「兄」と覚えた語も、歴史のなかでずっと同じ関係だけを指していたわけではない。

身体は、出やすい音や覚えやすい構造に偏りをつくる。そのうえで、それを誰に使うか、どこまで広げるかには、言語ごとの歴史がある。

中国語の親族語彙には「姐姐」「弟弟」「妹妹」などもある。しかし、その一つ一つを同じ乳児語起源として説明するには、歴史言語学の専門家に確認が必要だ。

世界の mama や papa の類似も、すべてを一つの理由に還元したくない。共通の祖先を持つ言語もある。借用された語もある。似た発声・学習上の条件から、独立に似る可能性もある。

Roman Jakobsonも、Why “Mama” and “Papa”? という論考で、この問いを考えていたらしい。6

きれいな話ほど、途中に「ここはまだわからない」を置いておきたい。

そのほうが、哥哥という語も、人間の身体も、どちらも雑に扱わずに済む。

意味より先に身体がある

「意味より先に身体がある」。

最初にこの言葉を思いついたとき、かなりしっくりきた。

ただし、これはすべての意味が発声より遅れて生まれるという発達上の法則ではないし、人類の言語がどう誕生したかを証明する言葉でもない。

僕がここで言いたいのは、言葉をつくるより前から、僕らには身体がある、ということだ。

その身体で出せる音があり、繰り返せる運動があり、見つけやすいパターンがある。そこへ、他人の声と応答が重なる。

言葉は自由に選べる記号でもある。でも、その自由は、何の条件もない空間に浮いているわけではない。

Blasiらの2016年の研究は、世界の言語の約3分の2を覆う語彙データを分析し、基本語彙の一部について、特定の音との結びつきが言語系統を越えて偏ることを示した。7

ただし、音と意味の偏りが見つかったことと、その原因が身体だと証明されたことは同じではない。この研究から「すべての語には必然的な音がある」とも言えない。

それでも、言葉を完全に無条件な記号の一覧として見るより、身体、知覚、学習、歴史のなかで形になるものとして見るほうが、僕には面白い。

上野で聞こえた「哥哥」も、その一つだった。

ただ同じ字が二つ並んでいるだけだと思ったら、顎の動きがあり、乳児の耳があり、誰かの応答があり、語の歴史まであった。

僕らはもう大人なので、難しい言葉で関係を説明できる。親族、家族、養育者。あるいは契約や制度の言葉でも、人と人のつながりを記述できる。

でも、誰かを呼ぶときには、とても小さな音に戻る。

ママ。

にいに。

哥哥。

推測だが、その短い音には、意味を正確に伝えることとは少し違う役割が残っているのだと思う。

そこにいる人に、こちらを向いてもらうこと。

声が届いて、返ってくること。

街を歩いていると、世界のどこかから来た言葉が聞こえる。知らない言葉は、自分から遠いものに感じられる。

でも、その日の「哥哥」は、逆だった。

知らない言葉の奥に、自分にもある口と耳が見えた。

そして、自分もかつて、誰かに声を返してもらいながら言葉を覚えたのだということが、少しだけ近くなった。


まだ残っている問い

反復の効果をもう少し分けるなら、同じ音節の語と異なる音節の語を、長さ・頻度・抑揚をそろえて比べたい。大人の応答を同じにしてなお差が残るなら、音の構造自体の効果に近づける。逆に、応答のタイミングで差が変わるなら、関係の側も見なければならない。

一方、「哥哥」の成立を知るには、乳児の実験では足りない。単独の「哥」と反復形の用例を時代ごとに追い、意味と使う相手の変化を調べる必要がある。発達の研究と語の歴史が、どこでつながり、どこではつながらないのか。その境界も、次の問いとして残しておきたい。

文献と、ここで言えることの範囲

本文の街歩きの場面は、筆者の体験に基づく。「音にやり取りが入っている」などの表現は筆者の解釈であり、研究上の結論ではない。

論点確認できた根拠限界
喃語に調音運動の偏りが関わるDavis & MacNeilage(1995)の分析乳児6人の研究。親族語の歴史を証明しない
大人の応答が発声を変えるGoldsteinほか(2003)の実験特定の語の意味獲得や語源の実験ではない
反復形が語の切り出しを助けるOta & Skarabela(2018)の実験特定年齢・刺激・条件での結果
反復形の入力と語彙の伸びに関連があるOtaほか(2018)の追跡研究因果方向は確定しない
哥哥には歴史的に複数の用法がある台湾教育部辞典反復形の成立経路・初出は未確認
「意味より先に身体がある」上記を踏まえた筆者の思索科学的な普遍法則ではない

資料確認日:2026-10-07 JST。

関連する問い

Footnotes

  1. 台湾教育部『重編國語辭典修訂本』「哥哥」。辞典本文。歴史的用例は辞典の記載として参照。 ↩ ↩2

  2. Davis, B. L., & MacNeilage, P. F. (1995). The articulatory basis of babbling. Journal of Speech and Hearing Research, 38(6), 1199–1211. DOI / PubMed・抄録。参照範囲:抄録。 ↩

  3. Goldstein, M. H., King, A. P., & West, M. J. (2003). Social interaction shapes babbling: Testing parallels between birdsong and speech. PNAS, 100(13), 8030–8035. DOI / 公開本文。 ↩

  4. Ota, M., & Skarabela, B. (2018). Reduplication facilitates early word segmentation. Journal of Child Language, 45(1), 204–218. DOI / 著者最終稿。オンライン先行公開は2017年、巻号の刊行年は2018年。 ↩

  5. Ota, M., Davies-Jenkins, N., & Skarabela, B. (2018). Why Choo-Choo Is Better Than Train: The Role of Register-Specific Words in Early Vocabulary Growth. Cognitive Science, 42(6), 1974–1999. DOI / 公開本文。研究でいう反復形には完全反復だけでなく部分的な反復も含まれる。 ↩

  6. Jakobson, R. Why “Mama” and “Papa”? 1971年の再録版:Studies on Child Language and Aphasia, pp. 21–30。出版社の書誌・DOI。参照範囲:再録版の書誌。背景文献として掲載。 ↩

  7. Blasi, D. E., Wichmann, S., Hammarström, H., Stadler, P. F., & Christiansen, M. H. (2016). Sound–meaning association biases evidenced across thousands of languages. PNAS, 113(39), 10818–10823. 論文・DOI。言語横断的な偏りを示す研究であり、単一の発生機構を証明するものではない。 ↩

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